#181. 天満宮(松明殿稲荷神社境内)

道祖神社参拝後、近くの京都駅から東京に下洛とも思ったが、まだ陽は高く、もう少し自転車を走らせたかったので、鴨川沿い、河原七条近く、七条大橋の袂にある松明殿稲荷神社に向かう。千年以上もの歴史を持つ神社だが、境内は狭く雑然とした印象を受ける。天満宮は、本社に向かって右側に位置する。江戸時代中期に東海道日ノ岡峠の改修工事に心血を注いだ僧侶・木喰正禅養阿(もくじきしょうぜんようあ)の銘のある手水鉢と井戸がお地蔵様を祀る祠とともに並ぶ。拝殿には、「賽銭泥棒がおりますので、紙幣を賽銭にされる場合は恐縮でございますが賽銭箱の奥まで入れて下さる様お願い致します。」という注意書きが掲げられていて、金網も張られている。
参拝を終え、本願寺近くまで走り、今日一日の相棒の自転車を返却。これにて、京都菅公巡拝第2ラウンド終了。京都市市街で参拝の叶っていない天満宮はあと数社だろうか。

由緒

松明殿稲荷神社

伏見稲荷大社の境外末社で田中社ともいう。平安時代の天暦二年(九四八)に創始され、社名は、同十年(九五六)、勅により燎祭が行われた際に「炬火殿」の号を賜ったことに由来すると伝えられる。また、江戸時代に出された「都名所図会」には、伏見稲荷大社の春の稲荷祭のとき、当神社の氏子が松明をともしてその神輿を迎えていたことから「松明殿」の名で呼ばれたと記されている。
はじめ、黒門通塩小路辺りにあったが、その後、七条東洞院などを経て、宝永八年(一七一一)現在の地に移ったとされる。
大己貴命、猿田彦命、倉稲魂命を祭神とし、天智天皇像(木像)及び大友皇子像(木像)を安置する。また、境内西側には、五条坂の安祥院の僧で、日の岡峠の改修、亀の水遺跡などで知られる江戸時代中期の僧・木食正禅(もくじきしょうぜん)養阿の銘のある手洗石及び井戸がある。
(京都市による駒札より)

天満宮

不明。

所在地:京都府京都市下京区稲荷町(七条通)452-1