#184. 北野天満神社(豊玉氷川神社境内)

江古田氷川神社参道前の道を西に走り、豊玉氷川神社。東京や埼玉の河川流域に多く鎮座する氷川神社だが、この二社は江古田川(中新井川)流域に、豊玉氷川神社は、江古田川の左岸段丘を利用して建てられた社のようである。
境内は広くカヤの大樹をはじめイチョウ、イヌシデ、サクラの樹々が立ち並び、すぐそばが環七であることを忘れる。北野天満神社は本殿向かって左側。比較的大きな社殿。現在は末社だが、元々は氷川神社創建時の主祭神だったとの由緒。どういった経緯・背景で主祭神が入れ替わったのだろうか? 政治的経緯か、習俗的経緯か…
参拝後、環七向かいにあるコンビニでひと休み。

由緒

豊玉氷川神社

本社は旧中新井村(現在の豊玉地区)の鎮守で、祭神は素盞鳴命です。境内末社に北野・須賀・稲荷・三峯の各社があります。社伝によると、主神は北野神社が最も古く、次いで須賀神社、その後、大宮一宮の分霊を勧請して氷川神社を主神にしたといいます。すでに江戸時代の『新編武蔵風土記稿』には、「氷川社」の記載があります。
境内南西側の旧神楽殿は、元氷川神社の拝殿で、文化八年(一八一一)の棟札があります。この建物は釘を一切使わない、組込式の建築技法を用いています。
古い土地の人は、須賀神社を「天王さま」と呼びます。天王様の祭礼は、昔は旧暦六月十五日でしたが、この祭には文化十年作と伝える御輿の渡御があります。田んぼの中を暴れ廻るというので「中新井天王さまの暴れ御輿」と近郷・近在で有名でした。今も九月の祭礼には変わらぬ姿で、往時を偲ばせます。
(練馬区教育委員会による境内掲示より)

北野天満神社

不明。『新編武蔵風土記稿』には「末社牛頭天王、天神、稲荷」とある。

所在地:東京都練馬区豊玉南2-15-5

外部リソース