#133. 天満宮(玉川神社境内)

等々力渓谷に自転車で行ったものの、週末になると崩れる天気になかなかタイミングがつかめず、ズルズルと2ヶ月以上。今日も曇りだが、このままではいつになるかもしれず、思い切って実行。目的は等々力渓谷だが、途中無理のない範囲で天神巡り。駐輪予定の等々力駅の手前で玉川神社。
境内では、獅子が千尋の谷に子を突き落とす、という故事を模した岩山と獅子像が印象に強く残る。天満宮は、本殿向かって左にある末社に祓杜神社、八幡神社とともに祀られる。

由緒

玉川神社

祭神は伊弉諾尊・伊弉冉尊・事解命である。文亀年間に世田谷城主吉良頼康が勧請したものと伝え、明治41年熊野神社の社号を、いまの玉川神社に改め、字上原にあった伊勢宮(天祖神社)、諏訪神社、字小山根にあった御嶽社を合祀した。なお、本社には天照大神・日本武尊、少彦名命、建御名方命が合祀されている。
玉川神社の総本社である熊野新宮は、もともと熊野に移住した出雲族が、郷里の氏神であったところの島根県八束郡八雲村字熊野にある熊野神社を分祀したもので、微々たる存在だったが、平安中期に起った熊野信仰の隆盛と共に、朝廷以下一般の民衆の支持により全国的に信仰せられ、鎌倉時代には、山伏や先達により全国に熊野神社が勧請され、特に、武士に厚く信仰されるようになり、代々社寺を尊崇した吉良頼康も、当村の流行でこの熊野神社を創立したものと思われる。
(中略)
玉川神社の真南、等々力1-25にあった八幡社は、玉川神社の管理であったが、昭和39年玉川神社に合祀された。
(『せたがや社寺と史跡』より)

天満宮

不明。『新編武蔵風土記稿』には等々力村熊野社(玉川神社)の説明に「末社諏訪天神稲荷合社 本社ノ右ニアリ」との記載があり、諏訪神社とともに合祀されたと妄想される。


所在地:東京都世田谷区等々力3-27-7