ひさしぶりに晴天の土曜日。昼食を済ませて、自転車で天満宮巡り。巣鴨から飛鳥山公園方面。北本通りを北上し、宮堀交差点を右折、環七に入り、新神谷橋、鹿浜橋と荒川を二度渡り、鹿浜から荒川沿いの道を走り、埼玉県川口市。埼玉県初で参拝する天神様は、領家稲荷神社。
境内の近くでは、おばあちゃんが井戸端会議。木の生い茂る境内は、久しぶりの好天もあり清々しい。領地稲荷神社は、32もの社が合祀され、さらに境内社に三十番神社。一社一柱ではなく合祀社もあるだろうから、いったいどれだけの御柱がこの境内に寄り合っているのだろうか?
由緒
鎮守社領家稲荷神社の創建は、不詳ではあるが、新編武蔵風土記稿によると、現在の領家地区に「村持稲荷社五社(文政五年西暦一八二二年)」武蔵国村誌には稲荷社八社が記録されている。当社はそのうちの一社とみられ、室町時代から江戸初期の創建と考えられる。また、日蓮宗本覚山実相寺境内に鎮座せる三十番神堂が明治初年の神仏分離に伴い移築され、その際三十番神の中から稲荷神を合祀するなど、村の鎮守様としての格式は高く、広く信仰されている。
明治六年村社に列せられ、明治四十年七月一日には、堤根稲荷社、高の原稲荷社、山田稲荷社、菅原稲荷社、内菅原稲荷社、掫木の原稲荷社、外菅原稲荷社、後田稲荷社、町田稲荷社の九社と、香取社、天神社、第六天社など計三十二社を合祀している。また神仏分離により今では境内社となった三十番神社は、氏子中の人々から「番神様」と呼ばれて敬愛され、内陣には今も昔ながらの三十神の神像が奉安されている。
現在の本殿・拝殿は昭和三年上棟、昭和四年四月二十九日には六丁・花之枝・前耕地の氏子総出で遷宮式が行われた。その後幾度かの増改修が行われ、五穀豊穣、家内安全、商売繁盛の祈願を斎行し今日に至っている。
(境内掲示より)
祭神
倉稲魂命を主祭神に、天照皇大神、少名彦命、菅原道真公、誉田別命、保食命、経津主命を相殿とする。










所在地:埼玉県川口市領家2-14-15