#38. 天満宮(小豆沢神社境内)

中山道を北上、本蓮沼駅から住宅街に入り小豆沢に。途中それほど登坂になっているとは感じなかったものの、小豆沢神社横の小豆沢公園はかなりの高台になっている。武蔵野台地成増台の高台と、荒川低地の沖積層の境目に位置するのが小豆沢とのこと。小豆沢公園に着いた直後は、神社の場所がわからず、公園から崖を下るように作られた階段を降りてみたが見つからず、もとの公園に戻ったら、小豆沢神社は公園のすぐとなりというオチ。
目的の天満宮は、本殿向かって左に並ぶ末社の一つ。

由緒

御祭神 国之常立神、他16柱
当社は、康平年間(1058-1065)、源義家の勧請と伝えられます。江戸時代には、十二天社と呼ばれ、小豆沢村の鎮守でした。
小豆沢の地名の由来については、
1.平将門の時代、神社の台地下の入江(荒川の昔の河道)に停泊中の船が嵐に遭い、小豆を積んだ袋を流失した。
2.上流から漂着した米を腐らないうちにと食べたことを、裁判で評価され、祝いの小豆飯を炊いた。
という二つの故事が残ります。現在では、後者の故事に因み、毎年6月15日に餅つき祭りが執り行われています。
明治2年(1869)、社号を小豆沢神社に改め現在に至っています。
二の鳥居脇の「スダジイ」は、当社の御神木です。南の道路脇側へやや傾斜し、幹の内部が空洞化していますが、樹勢は良好です。天然記念物として、平成6年度、区の記念物に登録されました。(板橋区教育委員会掲示より)

天満宮の由来については不明なるも、仏教の護法善神である「天部」の諸尊の十二天を配していたことから、明治時代の神仏分離政策の結果、いずれかの護法善神が天満天神に置き換えられたとも推測される。

所在地:東京都板橋区小豆沢4-16-5

外部リソース

  • 北豊島郡誌』志村(国立国会図書館デジタルコレクション)