#70. 菅原院天満宮神社

天神通から下立売通に入り京都御所方面に東進。ひたすらまっすぐに自転車を走らせ京都御所突き当たりの交差点を曲がると菅原院天満宮神社。菅原道真とその父是善、祖父清公を三代の邸宅で祭神もこの三柱。菅公生誕の地と伝えられ、「菅公産湯の井」があるが、菅公生誕の地は、京都市内だけでも菅大臣神社、吉祥院天満宮の二社が名乗っている。また、奈良市・喜光寺の寺伝は、奈良市菅原町周辺で生まれたと伝え、奈良県吉野郡吉野町の菅生寺説、島根県松江市の菅原天満宮説もあり、定かではない。
後世の人々の「ここが是善の邸宅なら、道真はここで生まれたに違いない」「井戸があるということは産湯に使ったに違いない」という想像が言い伝えとなり今に至るのかもしれない。今、事実として言えるのは、「菅公生誕の地」と言われていること。

祭神

菅原道真公を主祭神に、菅原是善(道真公父)、菅原清公(道真祖父)を相殿合祀。

由緒

当、菅原天満宮神社は、従四位、下治部卿菅原古人朝臣。次は従三位、清公卿。次は参議是善卿の三世、子々相傳へて棲み給ひし邸宅の跡にて。やがて是善卿の御子道眞公の誕生し給ひし霊地なり。古人朝臣は桓武天皇に仕へて侍讀となり。淸公卿は嵯峨。淳和、仁明の三帝に歴仕し是善卿は文徳、淸和の二帝に奉仕して倶に侍讀の榮職におはせしかば此邸宅をも受継ぎ住み給ひしより世には菅原院と呼びたりとぞ。拾芥抄を案ずるに菅原院は勘解由小路(下立賣通)烏丸の西一町(室町迄)菅贈太政大臣の御所、或は云く参議是善卿の家なりと。当時歡喜光寺と号し、北野祭の日神氏此所に来りて枇杷を取りて神に供すと。又京城の古圖には烏丸、西室町、下立賣、南椹木町の間を菅原院と記せり。蓋し往古は境域の広大なりしを知る可きなり。又枕草子国宝北野縁起(藤原信実朝臣筆)菅氏録に據れば、菅原院は是善卿の旧邸地にして菅公は此の處に於いて御誕生あらせられし爾来菅公亦襲ひて邸宅とし給ひついで菅家のために、此地に歡喜光寺を創建せられしが後故ありて六條道場に移せし由見えたり。然ればそのかみ此地に社殿を存し菅原道眞公を本座とし相殿に御父是善卿を奉祀して古より断ゆること無く今に至れり實に是れ菅原公御発祥の靈地にして聖蹟廿五拝の第一にして今も尚産湯の井及び天満宮御遺愛の石燈籠一基を存せり。 (境内掲示より)

別称

「烏丸の天神さん」

所在地:京都府京都市上京区烏丸通下立売下ル堀松町408

外部リソース